スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3.11

3年たった

昨年、津波の被害にあった、岩手県釜石市に帰った時だった。

叔母夫婦たちにお世話になるだけなってしまった最終日、とあるお寺をまわった

大きな石碑があり、そこには震災•津波で亡くなった人たちの名前が掘ってあった。その中には幼い子どもの名前もあった


この子の人生はいったいなんだったんだろう

犬死になのか
そういう思いも、フッとよぎった

この子たちの死をムダにしないように、ぼくらがそれを刻むこと、それが大事。それがこの子たちへの供養

そらぞらしい言葉に聞こえた
それは好意の押しつけだとも
いや、そう思わなければ、たぶん自分がまいってしまうからなのかもしれない
願いのような祈りなのかもしれない

会ったことがない、文字だけで初めて知った、既にいない、幼い子ども
縁がなかったという縁を後で知る

生きていると、こいつが津波の犠牲者として、亡くなった人たちの代わりにいなくなればよかったのに、と思ってしまうこともあった。すぐに打ち消したが、なかなかその思いがぬぐいされない
津波•震災に便乗して勝手に裁いてんじゃねえよアホが、俺

第三者がなにを裁こうとしてやがると思われてもしょうがないのかもしれない

のうのうと生きてる
みんないつか死ぬからいいか、とどこかで思ってる
そんな自分にもイライラしていた

大自然の虐殺が行われた後にも、同じ国にてディズニーリゾートで遊ぶという奇妙な感覚


今こうして生きてても、なんらかの事件や事故で亡くなってしまう人たちだってもちろんいる

粛々と誠実に、享楽に溺れずに、自分の良心に従って、生きる

尊敬できない図々しい下品な人間に対して媚びない。

その生き方が、行為が、震災を忘れないということだと思う

背負え、被災された方々を

そう思うと、自然に謙虚になれるはずだ

これが今現在、自分がとらえた震災被害者に対するこころもちです




スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

プロフィール

いとう緑茶

Author:いとう緑茶
いとう緑茶(いとうりょくちゃ)って読むらしいですよ、たぶん)という名前で声優業をちょこちょこ。
twitterは@siropaaでいたりなんかしてまして。
朗読集団☆ボイスドリル所属
朗読集団☆ボイスドリルのらじどりっ

http://www.voiceblog.jp/voice03dri11/

ブログでは敬称略の場合もございますので、ご容赦いただければ
まずはひとまず。
よろしくどうぞ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。