大人って

先日、NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」が深夜に再放送でやってたので、たまたま見た。


山谷というドヤ街の中、死が近い人々が孤独死しないようにゆったりとつきそっていく役割の医療施設(といえばいいだろうか)であるホスピス「きぼうのいえ」の経営者兼看護師の山本美恵さんの特集。そこで出てきた言葉「家族でもない、他人でもない、隣人として利用者に接する」

普段のコミュニケーションでもいえるかもしれない。


余計な事をしない距離感を知ってるのが洗練された大人だろ?バランス感覚を大事にしようよ、てのも一つの考え方。

隣人というのは干渉しあわないというご時世のなか、隣人という言葉というのはピンとこないかもしれない。この場合の隣人は、たぶんキリスト教的な意味での隣人に近いのかもしれない。


解体した状態の家族も少なくないこの頃、隣人がホスピスにいたり、ネットワーク内にいたり、コミュニティにいたり、職場にいたり、様々だ。


家族だって人間関係だから、相性の合う合わないはある。第一、親が子を殺し、子が親を殺すのは聖書の時代からあったりしてきた。


一方、「他人は何もしてくれず冷たい。」と思う人は、隣人の側についてくれてた人なのか?


責任と距離感をもったさりげない隣人というバランス感覚。言葉を足せばいいってわけじゃないが、それを持ってるのが、大人ってもんなんじゃないかなあ。

結婚すれば、子供を持った親がイコール大人ではない。職業を持ったいわゆるプロがイコール大人ではない。


子供に虐待を加えている年長者である大きい血縁者もいる。まわりに迷惑をかけて仕事の結果だけ残している非情なプロもいる。


となれば、大人ってのは地位や資格ではない。名誉でもない。倫理としての理想の問題か。「大人」を振りかざす人間に対して、背負ったものを感じない、うさんくささを感じてる点はそこにある。
スポンサーサイト

Comment

やはり思いやりが大事

おっしゃるとおりだと思う。

相手に寄り添える人間になりたい。

追記

四月から福祉、臨床心理の勉強を始めるかもしれない。対人援助職種をめざすならば、この番組み忘れたのは、イタイ

コメントありがとうございます

実際むずかしいですが、接遇というのはなんというか礼儀正しい方に対するゆったりとした距離感にもとづくコミュニケーション。

一方、隣人としての態度ってのは、よりざっくばらんな方に対する身近な物腰になるんだろうなあ、と実感してます

勉強、結実をお祈りします
非公開コメント

プロフィール

いとう緑茶

Author:いとう緑茶
いとう緑茶(いとうりょくちゃ)って読むらしいですよ、たぶん)という名前で声優業をちょこちょこ。
twitterは@siropaaでいたりなんかしてまして。
朗読集団☆ボイスドリル所属
朗読集団☆ボイスドリルのらじどりっ

http://www.voiceblog.jp/voice03dri11/

ブログでは敬称略の場合もございますので、ご容赦いただければ
まずはひとまず。
よろしくどうぞ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード